第83夜 新米教師の悪夢
新米教師の悪夢
 母校である雪深い山奥の村の分校に、新採用の教員として戻って來た吉村龍也は、名門再建を託されて競技かるた部の顧問となる。部長である3年生小池柴乃1人だった部も2人の1年生が入り、まずは順調に再建へと踏み出したが、柴乃が部室で同じ3年の男子に暴行されかかる事件が起きた。悲鳴を聞いて駆けつけた龍也が取り押さえて事なきを得、柴乃と急接近して恋仲となる。将来を約束した柴乃と部室でファーストキスした龍也は、欲望を押さえ切れず柴乃を押し倒して・・・・・・恋人を理不尽に寝取られ、勝手に性調教されてしまう男の悲哀を描く。

2.新入部員と柴乃の悲鳴(2970字)

 次の日朝食を食べてると、母が思い出したように言った。

「そう言えば、ばんどうって人から電話があったよ。番号聞いといたけど」
「ありがとう。掛けてみるよ」

 まさか理事長からじゃないだろうが、と少し考えて同級生に確か理事長の息子がいた事を思い出した。だが、クラスは違った筈だし、たぶん話をした事もない。変だなと思いつつ電話をすると、やはり理事長の息子だったようだ。

「坂東って覚えてないか?」
「ごめんなさい、あんまり」
「クラスは違ったけど同級生だっただろ」

 妙に馴れ馴れしい口調にウンザリする。僕の一番苦手な押しの強い男だ。適当に聞き流そうと思ってると、何と僕の歓迎会をするから都合の良い日を教えろと言う。

「こないだ皆で飲んでたら、お前の話になってよ。うちの親父が手え回したらしいが、ま、島田に帰って来てくれんのは大歓迎よ。どうだ? おごってやるから都合聞かせろや」

 繰り返すが、僕は何の覚えもないのである。こいつの言う「皆」と言うのは誰か聞いてみても、全然記憶にない男か、僕の苦手な女なのだ。僕はどう断ろうかと迷ったが、結局忙しいので、と言葉を濁して受話器を置いた。

「いいのかい? 友達に付き合って少しくらい飲んで来たっていいんだよ」
「いや、別に友達じゃないし」
「それよりまだいい人は出来ないの? お見合いでも頼んであげようか?」
「まだ早いよ!」

 確かにまだ早い。僕と来たら彼女を作った事すらないんだから。でもこの時僕は、そう遠くない未来にお見合いで結婚させられる自分を想像してしまってた。女性と付き合った事のない僕にとっては、それが母を安心させる最上の選択なのかも知れなかった。

 そんなモヤモヤした気分で学校に向かった僕だけど、始業式と入学式を終えてから、懸案だったクラブの勧誘は実の所心配する事はなかった。何と新入生全員にかるた部の見学が義務づけられ、是非体験入部してみましょうと、分校全体がかるた部再建の後押しをしてくれたのだ。だから坂東理事長もわざわざ前日、僕に念押しするため訪問して来たわけだし、朝理事長の息子に聞かされた話も本当なんだろう。僕は大学の教授から母校が国語科の教員採用を募集してると聞いて、自分から申し出たつもりだったんだけど、何の事はない、全ては坂東理事長の仕組んだ計画通りだったと言うわけか。

「随分減っちゃったな」
「先生、十分ですよ。団体戦って3人いればいいんでしょ?」
「小池さんは前向きだなあ」
「そうですよ。ファイト!」

 分校全体を挙げての協力体制のおかげで、沢山の新入生が見学に訪れ、体験入部してくれた生徒も10人近くいた。でも結局残ってくれたのは2人だけ。今元気良くファイト!と気合いを入れてくれたのは三浦咲子。ちょっとポッチャリしてるけど、明るくて活発な子だ。

「葎も頑張ろ!」
「……はい」

 蚊の鳴くような小声でボソリと呟いたのは田中葎。こちらは咲子と好対照で、ホッソリしており、大人しそうな子だ。どちらかと言えばこちらの方がかるた部っぽいかも知れない。

「先生! 提案があります」
「何ですか、三浦さん」
「早く試合の練習がしたいです」

「いや、まず百人一首の解釈をきちんとしておかないと。意味が分からないものを丸暗記するのは邪道です」
「えー、だったら早くして下さい。国語の授業みたいなんだもん。部長も何か言って下さい」
「私は凄く大事な事をして下さってると思いますよ」

 これは僕も恩師のやり方をマネしてるだけだけど、間違ってはいないと思う。3年とは言え、経験してない小池さんが賛同してくれたんでホッと したけれど、三浦さんは面白くなさそうだ。無口な田中さんは何を考えてるのかわからない。

「たごのうらに~、うちいでてみれば~しろたへの~ふじのたかねに~ゆきはふりつつ~。はい、この歌は山辺赤人と言う人の作品で………」
「先生凄いです。全部覚えてらっしゃるんですね。尊敬します」

 僕は高校時代から詠み手専門。大学時代に競技かるた協会専属の詠み手となったくらいで、当然全ての歌をそらで読む事くらい朝飯前だ。だから札を確認したらすぐ目を閉じて、気分を出しながら詠んでいたのである。だが目を開けてすぐ解釈に掛かろうとすると、真剣な眼差しを僕に向けていた小池さんからそんな事を言われてドキッとした。表情豊かな小池さんは本当に偉人を尊敬してるみたいに目が輝いており、目を瞑り集中して詠んでる顔を見られてたんだと思うと、僕は気恥ずかしくて目を反らしてしまった。

「あ~あ。部長ったら、ウットリしちゃってバカみたい」
「それは誤解です!」
「赤くなっちゃって。あ、私今日はバイトあるんで失礼します。葎も帰ろ」
「………失礼します」

「小池さん」
「先生。私全然気にしてませんから。解釈の続き、お願いします」

 小池さんは当て擦りにも気丈だったが、情けない事に僕の方が妙に意識してしまい、それを悟られぬようにするので精一杯だった。

 2人の1年生はその翌日には何もなかったかのような顔をして部室に現れ、僕の授業風百人一首の解釈は続けられた。もう文句を言われる事もなくなったけど、熱心に聞いてくれるのは小池さんだけで、三浦さんまで無口になってしまい、1年2人はさぞ退屈だったに違いない。もちろん国語教師として、全学年授業もあるんだけど、ここでも小池さんは文句なしの優等生なのに対して、三浦さんは私語が多くてしょっちゅう注意が必要だったし、田中さんは居眠りの常習犯だった。

 分校ではそれほど部活動は盛んじゃないんだけど、かるた部の再建を目指さねばならない僕は、小池さんと相談して、毎日活動していた。だが1年生2人は来たり来なかったり。三浦さんは週2日くらい本当にアルバイトをやってるみたいだったし、田中さんも申し合わせたように三浦さんが来ない日は欠席。自然小池さんと2人だけの事が多く、次第に部活と離れた話もするようになった。

 ただし言い訳のようだが、3年の彼女とは進路相談をしてあげてるつもりだった。第一、女性の苦手な僕に、学校の先生と言う立場を離れた話なんか出来るわけがないだろう。授業態度が満点な彼女は国語が得意教科でそうで、成績もトップだ。

「私、先生の大学に行きたいんです。県内の国立大学じゃないと経済的に無理なんで」

 進路の話をしていて驚いた。彼女も僕と同じ母子家庭で、僕の出身大学を目指してるらしいのだ。他教科は知らないが、国語の学力は十分有望である。いつの間にか部活動はそこそこに小池さんに国語の受験勉強を個人指導してあげてる時間が増え、1年生がいても勉強の話をするものだから、ますます溝が出来てしまった。

「今日はこれで失礼します。先輩はあ、どうぞごゆっくりい」
「あ、僕も職員会議があるんで」

 その日は部員3人が集まって、ようやく始まったかるた競技の練習をしていた。やはり早めに1年2人が帰ろうとしたが、僕は緊急職員会議のため2人と一緒に部室を出ることにした。

「私、もうちょっと練習してから、後片付けして帰ります」
「残るんだったら、鍵掛けときなさい。終わったら、先に帰っていいよ」

 まだ明るいし、校内でそこまで心配しなくても、と思ったんだけど、悪い予感が的中する。職員会議が始まってすぐ、聞き覚えがある女子の悲鳴が。僕は即座に部屋を出ると、プレハブの部室へ急行した。


続く→新米教師の悪夢 3.理事長の馬鹿息子の停学処分

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プチSM千夜一夜ものがたり第5期