☆この小説は「愛と官能の美学」のShyrockさんより投稿して頂いたものです。著作権はShyrockさんが持っておられます。

shyrock作 恵 一期一会
恵 一期一会



それは偶然のことだった
私の運転するタクシーがあの人を乗せたときから
めくるめく運命のぜんまいばねが回り始めた













第27話“桐箪笥のある風景”

惠に導かれて着いたところは重厚な佇まいの料亭でした。
 敷居が高く少し気後れしましたが、惠が和服姿の仲居に案内されスタスタと中に入っていったので、仕方なく私も後を着いていきました。
 惠と私が履物を脱ぐと下足番が歩み寄り履物はそのままにしておいてくれと言うので、私たちは玄関を上がり廊下を進みました。
 館内に足を踏み入れると、よく磨きこまれた天然木の玄関から奥へと廊下が続いていました。
 さりげなく飾られた季節の花がふっと気持ちを和ませてくれました。
 まもなくふたりが案内されたのは広さが二十帖ほどのゆったりとした座敷でした。
 座敷の正面には風格を感じさせる桐箪笥が置かれ、上座には床の間があって立派な掛け軸が飾ってありました。
 惠は私に上座に座るようにいいました。
 私は遠慮しましたが、惠はそれを許しませんでした。
 料理は惠が弁当を2つ注文すると、仲居は丁寧に挨拶をし座敷を出て行きました。

「うふ、また二人っきりになれましたなぁ」

 仲居が座敷を出て行くや否や、惠は急にお茶目な表情に変わりました。

「朝食の時は『もうさよならなんだ』って別れを覚悟していたけどね」
「そうどしたん……?」
「うん……」
「裕太はん……」
「ん?」
「実はうちもそうどしたんや……」
「惠も?」
「せやけど、なんや名残惜しゅうて……」
「……」
「ほんで、記念館とかあっちこっち、誘たんどすわ」
「惠……」
「はぁ?」
「僕だってずっと惠といっしょにいたいよ。もっともっと……」
「また会えると思たら、『ほな、また』ちゅうて、あっさりさいならできるんやろけど……。そやないよってに、よけい別れんのがつろおすんやろなぁ……」

 その時、襖の向こうから仲居の声がしました。

「おまっとうさんどす」

 仲居が料理を運んできたようで、会話はどちらからともなく途切れてしまいました。
 まもなく仲居が入ってきて、漆の器に鮮やかに盛り付けされた季節の弁当とすまし汁がテーブルに置かれました。

「ほな、ごゆっくりぃ……」

 仲居はお辞儀をして座敷から出て行きました。
 弁当とは言ってもまるで懐石並みの豪華な料理に、思わず私は目を丸くしました。

「やぁ、美味しそうどすなぁ。裕太はん、ほな、いただきまひょかぁ」
「ほんと、見事な料理だねえ。こんなすごい弁当を見たのは初めてだよ」

 たかが弁当と言うかも知れませんが、あまりの立派さに私は思わず感嘆のため息をつきました。
 食事を始めてからしばらくして、どこからか流れてくる琴の音に気づきました。

「ほほう、琴だね、どこで演奏してるんだろう。これこそまさにわびさびの世界だね」
「なんでどすか?」
「だって京都で、琴の調べを背景にこんな豪華な食事をするなんて、贅沢の極みじゃないか。しかもこんな絶世の美人といっしょだしね」
「あは、またそないなお上手ゆうてぇ。そないに誉めてくれはっても、なんにも出まへんでぇ」
「ははははははは~」
「おほほほほほ~」

 惠と昨日から過ごした2日間は、私にとってまるで桃源郷をさまようような夢のひとときでした。

(今、ここで時間が止まってくれたらいいのに……)

 いくら懇願しても時は冷酷に過ぎていきます。
 どれだけ楽しいひとときであっても、必ず終わりが来ます。

「裕太はん……?」
「ん?」
「結婚ていったい何どすやろ……?」
「え…?結婚……?」


続く→恵 一期一会 第28話“目頭押さえて”

戻る→恵 一期一会 第26話“京都南インターから”

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