☆この小説は「愛と官能の美学」のShyrockさんより投稿して頂いたものです。著作権はShyrockさんが持っておられます。

shyrock作 綾 長安人中伝
綾 長安人中伝















第39話

 地下に降りると鉄格子に遮られた牢獄から囚人の影が見えた。
 呂布たちは万が一、綾がいることも考えて、牢獄の各部屋を隈なく覗いた。
 寝そべっている者もいれば、呂布看守と間違えて話しかけてくる者もいた。

「か・・・看守、飯はまだか・・・腹が減った・・・」

 格子の向こうから力の無いかすれた声が聞こえてきた。
 配下の1人が何か答えようとしたが、陳宮はそれを制した。

「余計な会話はやめておけ」
「あ、はい」

 呂布たちは牢獄を通り過ぎて、通路をさらに奥へ進むと、左右に扉が見えてきた。
 左側は倉庫と書かれている。
 右を見ると【尋問室】と書かれていた。

(ここです)

 先導役の兵士が呂布に目で合図を送った。
 呂布は静かにうなずいた。
 やっと綾の捕らえられていると思われる目的地に辿り着いた。
 だが本当に綾はここにいるのだろうか。
 もしかしたら、他の場所に閉じ込められているのかも知れない。
 それは一種の賭けであった。

 呂布は眉を吊り上げ、今にも先頭で飛び込もうとしている。
 陳宮は血気に逸る呂布を小声で諭した。

「この扉を蹴破り中に突入した場合、敵の人数にも寄りますが、おそらく激しい戦闘となりましょう。そうなると、囚われの身である綾様の身がいよいよ危なくなると思います」 「では、どうすればいいのじゃ」
「囮(おとり)が必要です」
「囮?どういうことだ?」
「詳しく説明をしている暇がありませんので、手短に申します。誰か1人が尋問室と牢獄との間で、わざと小火(ぼや)を起こし、大声で叫ぶのです。そうすれば、尋問室にいるであろう兵士達も慌てて飛び出し、小火の方に向かうでしょう。すると尋問室に残るのは当然、首領格の者と僅かな兵士だけということになると思われます。ただ、そのためには、我々のうち1人が犠牲にならなければなりませんが・・・」

 陳宮は苦しそうな表情で語り終えた。
 呂布も同様に顔を曇らせた。

「良い策だが1人でも犠牲は出したくない。その策はやめておこう」
「少々お待ちください。そのお役目、私にやらせてください」

 突如1人の若い武将が名乗り出た。
 呂布はいった。

「死ぬぞ」
「構いません。呂布将軍のお役に立てるのなら、一命投げ打ってでもお役目果たしてみせます」
「何という・・・」

 呂布は配下の自分へのあまりにも純粋な忠誠心に心を打たれ、目頭を熱くした。

「よし、わかった。その役目、お前に頼もう」
「ありがとうございます」
「しかし、お前を無駄死にはさせないぞ。尋問室突入組みは私を含めて10人で攻める。残りの3人は火の元に走った敵兵の背後に回りこみ彼を援護するのだ。よいか」
「はい、わかりました」

 囮を立てて、敵兵を分散させ、首領格の警護を薄くする。
 そこを一気に攻め落とすという策であった。
 こちらも本隊と別働隊に分散する分、危険性も高まるが、今置かれている状況では、最善策といえるだろう。

 作戦はすぐに実行に移された。
 囮となる若い兵士は松明を持って、呂布たちから離れていった。



第40話


 藁に火が点けられバチバチと音を立てて燃え始めた。
 囮の兵士は空かさず、大声を張り上げて火災が発生したことを告げた。
 これも作戦のうちだ。

「火事だ~!火事だ~!」

 大声を聞いて騒ぎ出したのは、看守よりも囚人達だった。

「大変だ!火事だぞ!」
「うわ~!火事だ~!おい!看守~!早く水を持って来てくれ~!」
「助けてくれ~~~!」

 騒ぎを聞いて慌てて駆けつけてきたのは2人の看守だった。
 囮の兵士が火点け人であることなど露にも疑っていない様子だ。

「おお!ほんとだ!火事だ!早く消さなくては!」

 囮の兵士は火元をこん棒で叩き、あたかも消火作業をしている素振りを見せている。
 看守達は狼狽しながらも、まもなく水桶を持って飛んできた。

 廊下での騒ぎは拷問室にいる張宝達の耳にも入った。

「張宝様!大変です~~~!!牢獄の方で火事が発生したようです!」
「なに?火事だと!?おい、お前たち!ここで鼻の下を伸ばしていないで早く消して来い!」
「はい!分かりました!」

 張宝と参謀格の僅かな武将を残して、多くの兵士達が廊下へと出て行った。

「おおっ!あそこで燃えているぞ!」
「看守達だけでは無理だ!おい!俺達も早く行こう!」
「くそ~せっかくいいところだったのになあ」
「ははは、火を消した後でまた楽しもうぜ。今は消火が先だ」

 綾をいたぶる愉悦にどっぽりと浸っていた兵士達であったが、まるで目が覚めたかのように真顔で失火現場へと急行した。

「おい!もっと水がないと消えないぞ!もっと水を汲んで来るんだ!」
「は、はい!」

 現場に駆けつけた兵士は、看守に水汲みを命じ、自分達は板で叩くなどして鎮火作業を行なった。

 廊下の曲がった所でそっと息を潜め、彼らの様子を窺う人影があった。
 参謀の陳宮が小声で言った。

「今、敵は消火作業に夢中になっている。背後を槍で一気に突くのだ。敵は10人ほどいるが、やつらには油断がある。 敵の3人を倒した後、槍をすぐさま引き抜いて、剣を抜こうとした次の3人の兵士を突く。そしてやつらがこちらを向いた瞬間を狙って、敵に成りすました仲間が切る。それから、水汲みに行った2人の看守も戻ってくるだろうから、油断するな。良いか。では行くぞ」

(そろりそろり・・・)

 陳宮達は掛け声をあえて上げず、黄巾兵の背後を一気に襲った。

「ぎゃ~~~~!!」
「ぐわぁ~~~~!!」
「げげぇ!!」
「うわ~!敵だ!」
「なんだと!?もしかしてこの失火は罠だったのか!?」

「今頃気づいても遅いわ!これを喰らえ!!」
「ぐわ~~~っ!!」

 黄巾兵は慌てふためきながらも、剣を抜いて応戦しようとした。
 その瞬間、彼らの後から別の刃がきらめいた。

「ぎゃあああ~~~!!」
「何だと!?貴様、敵だったのか!?くそ~~~っ!!」

 少数の兵力で多数に打ち勝つ。
 その最も効果的な手段は挟み撃ちである。
 敵に背中を壁につけさせず、中央に導くことも、兵法の基本といえるのである。
 まんまと罠に填まった黄巾兵は一矢報いる事もなく、陳宮達の前に倒れていった。
 まもなく水桶を下げ戻ってきた看守達も、さほど抗う暇も無く槍の犠牲となってしまった。


続く→綾 長安人中伝 第41~42話

戻る→綾 長安人中伝 第37~38話

綾 長安人中伝 目次


投稿小説一覧