第89夜 なごり雪

幼い頃母と離別し、父と2人暮らしの浩平。ところが、ツーリングが趣味の父は、バイクで事故死。孤独になった浩平は、高校を中退。母の妹にあたるおばを頼り、上京して自動車工の見習いとして働くことに。対照的に美里は、地元九州の大病院の1人娘で、何不自由なく暮らすお嬢様。小学校の頃、いじめにあっている所を、1級下の浩平に救われてから、仲良く付き合って来たが、浩平が上京する時に告白し、彼女になる。東京の大学に進学した美里は、浩平を訪れて同棲を始めるが。
【登場人物】
♂佐々木浩平・・・22歳。幼い頃母親と離別し父子家庭だったが、父親もバイクで事故死。東京にいるおばを頼り、自動車工見習いとして、住み込みで働いている。
♀桑原美里・・・23歳。九州にある大病院の1人娘。小学校時代、学年は下の浩平に助けてもらい、親しい友達になる。浩平が東京に引っ越す時、告白して彼女になり、東京の大学に進学した。
♀田中真理・・・42歳。浩平の母の妹で、父のツーリング仲間だった正志と結婚した。正志とはSMプレイに興じる、好色な女性。
♂田中正志・・・47歳。浩平の父とは、ツーリングとSMと言う共通の趣味を持ち、親しく付き合っていた。自動車整備工場を自営している。
1.父の事故死と幼なじみ少女の告白(4285字)
九州大分の田舎町では、冬でも珍しい小雪がちらつく中、俺は田んぼ沿いの農道を、バイクで爆走していた。こんな時期に、ほとんど人は通らない。町の目抜き通りから、俺の住む小汚い住宅街へと繋がるこの道は、親父と一緒に走ったツーリングロード。休日に連れて行ってもらった、遠出の本格的なツーリングなんかじゃない。だけど、冬場になると、親父はよく平日にこの道を走ってたし、俺も学校をサボって、一緒に走ったものなのだ。
「浩平、走りに行くか?」
「いいのかい?」
「学校サボるくらいで、シケたツラしてんじゃねえ!」
今でも、そんなくだらないやり取りが、頭に浮かぶ。親父は中卒で、近所の鉄工所で、油まみれになって働いていた。肉体労働で仕事はキツいのに、給料は安い。毎日グチをこぼしてたが、そんな仕事でも、他に働くアテはなかったんだろう。そして、気分がムシャクシャすると、息子の俺を誘って仕事を休む。そんなどうしようもない、ろくでなしの親父だった。
ーー親父、悪かったな。でもあの日俺は、追試があったんだ。親父に付き合って、ダブッてちゃ、シャレになんねえよ
自分が高校を中退した親父は、無理をしてでも、俺を工業高校に行かせていた。俺は高校なんか行くつもりはなかったのに、お下がりのバイクをやる、と言うエサにつられた。親父は、休みの日には、仲間とツーリングに出掛けるのが生きがいの、バイクきちがい。同じような風采の上がらないツーリング仲間と、家で酒盛りして休日を潰し、愛想を尽かした母は、幼い俺を残して、家を出て行ったらしい。少しものがわかるようになった俺に、ツーリング仲間のおっちゃんが、教えてくれたんだ。
ーー高校へ行ったのはいいけど、バイクに乗るのは禁止じゃねえか。おかげで、俺は学校に見つからねえように、コソコソ乗るしかなかった。親父に騙されたぜ。
小学校の時、親父のバイクに2人乗りし、中学生で、俺もバイクに乗る味をしめた。親父のお下がりのバイクを貰って高校に入学し、すぐにバイクの免許を取得。休みの日には、遠出のツーリングにも付いて行き、いっぱしのライダー気分だった。
だが、俺にフラれて、1人で走ったあの日。親父は見事に事故り、帰らぬ人となる。猛スピードで、対抗車線のトラックと衝突。ほとんど即死だったらしい。ツーリング仲間の人達が、頼るべき親戚もない俺に、当面いくらかのお金を恵んでくれ、生きながらえる。そして、奇跡的に軽傷だったバイクが戻って、乗ってみた俺は、驚いた。
ーーこりゃスゲエ! 俺のバイクなんか、ガキのおもちゃだったんだ
排気量が桁違い。やたらと騒々しくふかしてから、アクセルを踏み込むと、どんどんスピードが上がり、俺は猛スピードで走り出していた。親父は、俺と一緒に走る時、随分とセーブしてたんだろう。でなけりゃ、チンケなお下がりのバイクなんか、あっと言う間に置いて行かれてただろう。
鬱憤を晴らすように、俺は夢中で親父のバイクを走らせた。珍しく雪の降る寒い日だったのに、俺はスピードに興奮し、アドレナリンが沸騰するのを感じていた。グングン加速して、目の前の田んぼの広がる光景が、飛ぶように去って行く。そう。その時、俺は風になったんだ。
キキーッ!! どしゃっ!
ーーち、バカな野良猫かよ
危うく猫を引きそうになり、急停車した俺は、勢い余ってあぜ道に投げ出され、尻餅を付いていた。
ーー親父のやつ、調子こいて、ぶっ飛ばしてたんだろうよ
無人の農道だから良かったけど、対向車線のある道路なら、人身事故になっても、おかしくない。事故車に乗って初めて、高速走行の危険性を知る。俺にとっては何とも皮肉な経験だった。
さらに皮肉だったのは、ぼんくらでも、唯一の頼りだった親父が死に、生ける屍みたいに、自暴自棄で自堕落な日々を送っていた俺が、バイクで無謀な運転をした事で、鬱憤が晴れ、すっかり生きる希望を取り戻した事だった。まるで親父の魂が、俺に乗り移ったようだった。俺はライダースーツについた泥を叩き落とすと、以後安全運転で帰路についた。
帰ってる途中で日も暮れ、街灯や家々の明かりも灯り始めた頃、俺はみすぼらしい安アパートにたどり着いた。と、俺の住む部屋になぜか、明かりが灯っている。バイクを止め、不審に思いながら、ドアを開けると、甲高い女の声に迎えられた。
「浩平、遅ーい! どこ行ってたのよ!」
「何だ、お前か」
親父と一緒に寝泊まりしていた9畳程度の部屋に、その少女は無遠慮に上がり込むと、ちょこんと座っていた。トレードマークのポニーテールをなびかせ、お嬢様女子高のセーラー服を着たコイツは、桑原美里。訳あって、小学校の頃から、親しくしており、この家には自由に出入りする仲だった。何しろ盗む物など何もないから、鍵は郵便ポストに入れてるし、誰でも入れるのだ。
そう言えば、あの日も珍しく雪のちらつく日だった。当時4年生だった俺は、帰ろうと思い、小学校を出たところで、「イジメ」の現場を目撃した。4、5人の男女が何やら言い争っており、1人の少女が「違うもん!」と言いながら、涙を流していたのだ、俺は、てっきりこの少女がイジメられていると思い込み、木の枝を持って、「やめろー!」と乱入。相手は、体の大きな5年生で、揉み合ってるうち、木の枝が刺さり、俺は出血。ビックリした5年生は、三々五々散って行ったのだった。
その少女が美里だ。自分を助けに来た俺に恩を感じ、ハンカチで止血してくれたのだが、随分高級そうなハンカチだったのを覚えている。そして、真相を話してくれたのだが、「イジメ」ではなく、仲の良い友達同士で、彼女の実家である病院について、噂話をしていたらしい、それは、妬みから来る、根も葉もない悪口で、美里は懸命に否定したが、悔しくて泣いてしまったそうだ。
「ねえ浩平。少しは掃除しなさいよ」
自分はメイドにやってもらってるくせに、美里はそんな事を言う。コイツは地元では有名な、大病院の1人娘で、完璧なお嬢様なのだ。
「こう汚いと、嫌われるよ」
「誰に?」
「美里ちゃんに」
「アホか」
そこまで言うなら掃除してくれてもいいのに。ゴミ溜めみたいな部屋の中で、美里はカップ焼きそば「UFO」を食べた後のカップを、興味深そうに手に取っている。
「ねえ、これっておいしいの?」
「そりゃそうだ。何しろ、うまい、ふとい、おいしい、の略だからな」

「そうなんだー」
――信じるなよ
「あ、私ピンクレディーなら、踊れるよ・・・UFO!」
セーラー服で決めポーズを取る美里。

エロエロな衣装のピンクレディーは、公認の男子のオカズだったが、一分のスキもなく着こなした美里のセーラー服じゃ、ただのお笑いだ。高校生にもなって、男の部屋に平気で出入りする美里は、お茶目なガキそのままで、丸っきり色気を感じさせない。俺もコイツを異性として意識した事は一度もない。
「エッチな本、出しっぱにしないでよ」
この部屋に大量に転がってるエロ雑誌。女子学生のパンチラがメインの「CREAM」を見て、美里は口を尖らせる。

「ジョシコーセーなら、ここにいるのに」
「誰でもいいってわけじゃ、ねえんだよ」
ピンクレディーの、煽情的なお下劣衣装を想像し、パンチラ写真に口を尖らせる美里を見ていると、俺は初めてこの幼なじみに「女」を感じていた。絶対にあり得ない、ミニスカをはいた美里が、白い物を見られて、赤面してるーそんな妄想が浮かんでしまう。
「こっちの雑誌は、気持ち悪いんだけど」

「SMスナイパー」はSM専門誌。「CREAM」同様、親父が愛読してたのだが、やっぱり好みなのか、女子高生が縛られてるグラビア特集が多かった。
「お子様が見るもんじゃねえ」
気持ち悪い、と言いながら、正にセーラー服の女子高生が、縄で縛られ、口に男性器を突っ込まれてるグラビアを、興味津々な様子で眺めてる美里から、俺は「SMスナイパー」を取り上げる。明らかに興奮して、顔を赤らめ、妙に吐息を荒げてるー俺は、「お子様」としか思ってなかった幼なじみに、初めて「女」を感じて、ドキッとした。
「トイレ借りるね」
「何だ、ションベンしたかったのか。早く言え」
わざと下品に言い放ってやると、本当にオシッコをガマンしてた小学生女子みたいに、モジモジしてた美里は、スカートの上から下腹部に手をやり、ドタドタとトイレに駆け込んでいった。残された俺は、セーラー服の女子高生が縄緊縛で男に責められ、ウットリ陶酔の表情を浮かべてるグラビアを手に、妄想に耽らずにはいられなかった。美里がトイレに腰を下ろし、用を足している姿を想像しただけで、ムラムラと興奮してしまうのだ。何てことだ。丸きり、ロリコンヘンタイ男じゃないか。
いや、違う。美里はもうツルペタで、生理も来てないガキンチョじゃないんだ。乳もケツも立派に育った高校三年生じゃないか。小学生の頃三つ編みお下げだった髪型は、ポニーテール。おまけに色白で、特別美形じゃないが、顔だって普通にかわいらしい。
親父の魂に憑依された俺は、女の品定めをして、美里に合格点を与えていた。もうすぐ、別れねばならぬのに、皮肉な事だった。
トイレから出て来た美里に、俺は単刀直入に切り出した。どうせ別れるなら、早い方が良い。
「ところで、お前俺に何か用があるのか?」
「せっかく人が心配して来たげたのにい。今度、クリスマスパーティやるんだ。浩平も来るよね」
「俺がそんな気になれると、思ってんのか!」
「あ……ごめん」
しょぼんとして立ちすくむ美里に、俺は罪悪感を覚えていた。俺を元気付けようと計画したパーティだろう。コイツを怒鳴って何になる。でも、言わなければならない。
「俺、もうじきここを引っ越すんだ。東京に行って、住み込みで働く」
「そうなんだ……」
「世話になったな。じゃ」
「待って、浩平」
いつになく真剣な表情になった美里。次の言葉に俺は声を失っていた。
「私、浩平の事、ずっと好きだったんだ。お付き合いしてください。その、恋人として」
「……俺、東京に行くんだけど」
「私、東京の大学に行くから!……あー、こっぱずかしくなって来た。引っ越したら、連絡してね、絶対だよ!」
「勝手にしろ!」
突然の告白を恥じらい、お嬢様らしからぬ、ドタバタ大慌てで出て行く美里。
ーー何てカワイイやつなんだ
それは、俺が生まれて初めて、「女」に惚れた瞬間だった。
続く→なごり雪 2.謎の中年夫婦に拾われ上京
なごり雪 目次
プチSM千夜一夜ものがたり第5期

幼い頃母と離別し、父と2人暮らしの浩平。ところが、ツーリングが趣味の父は、バイクで事故死。孤独になった浩平は、高校を中退。母の妹にあたるおばを頼り、上京して自動車工の見習いとして働くことに。対照的に美里は、地元九州の大病院の1人娘で、何不自由なく暮らすお嬢様。小学校の頃、いじめにあっている所を、1級下の浩平に救われてから、仲良く付き合って来たが、浩平が上京する時に告白し、彼女になる。東京の大学に進学した美里は、浩平を訪れて同棲を始めるが。
【登場人物】
♂佐々木浩平・・・22歳。幼い頃母親と離別し父子家庭だったが、父親もバイクで事故死。東京にいるおばを頼り、自動車工見習いとして、住み込みで働いている。
♀桑原美里・・・23歳。九州にある大病院の1人娘。小学校時代、学年は下の浩平に助けてもらい、親しい友達になる。浩平が東京に引っ越す時、告白して彼女になり、東京の大学に進学した。
♀田中真理・・・42歳。浩平の母の妹で、父のツーリング仲間だった正志と結婚した。正志とはSMプレイに興じる、好色な女性。
♂田中正志・・・47歳。浩平の父とは、ツーリングとSMと言う共通の趣味を持ち、親しく付き合っていた。自動車整備工場を自営している。
1.父の事故死と幼なじみ少女の告白(4285字)
九州大分の田舎町では、冬でも珍しい小雪がちらつく中、俺は田んぼ沿いの農道を、バイクで爆走していた。こんな時期に、ほとんど人は通らない。町の目抜き通りから、俺の住む小汚い住宅街へと繋がるこの道は、親父と一緒に走ったツーリングロード。休日に連れて行ってもらった、遠出の本格的なツーリングなんかじゃない。だけど、冬場になると、親父はよく平日にこの道を走ってたし、俺も学校をサボって、一緒に走ったものなのだ。
「浩平、走りに行くか?」
「いいのかい?」
「学校サボるくらいで、シケたツラしてんじゃねえ!」
今でも、そんなくだらないやり取りが、頭に浮かぶ。親父は中卒で、近所の鉄工所で、油まみれになって働いていた。肉体労働で仕事はキツいのに、給料は安い。毎日グチをこぼしてたが、そんな仕事でも、他に働くアテはなかったんだろう。そして、気分がムシャクシャすると、息子の俺を誘って仕事を休む。そんなどうしようもない、ろくでなしの親父だった。
ーー親父、悪かったな。でもあの日俺は、追試があったんだ。親父に付き合って、ダブッてちゃ、シャレになんねえよ
自分が高校を中退した親父は、無理をしてでも、俺を工業高校に行かせていた。俺は高校なんか行くつもりはなかったのに、お下がりのバイクをやる、と言うエサにつられた。親父は、休みの日には、仲間とツーリングに出掛けるのが生きがいの、バイクきちがい。同じような風采の上がらないツーリング仲間と、家で酒盛りして休日を潰し、愛想を尽かした母は、幼い俺を残して、家を出て行ったらしい。少しものがわかるようになった俺に、ツーリング仲間のおっちゃんが、教えてくれたんだ。
ーー高校へ行ったのはいいけど、バイクに乗るのは禁止じゃねえか。おかげで、俺は学校に見つからねえように、コソコソ乗るしかなかった。親父に騙されたぜ。
小学校の時、親父のバイクに2人乗りし、中学生で、俺もバイクに乗る味をしめた。親父のお下がりのバイクを貰って高校に入学し、すぐにバイクの免許を取得。休みの日には、遠出のツーリングにも付いて行き、いっぱしのライダー気分だった。
だが、俺にフラれて、1人で走ったあの日。親父は見事に事故り、帰らぬ人となる。猛スピードで、対抗車線のトラックと衝突。ほとんど即死だったらしい。ツーリング仲間の人達が、頼るべき親戚もない俺に、当面いくらかのお金を恵んでくれ、生きながらえる。そして、奇跡的に軽傷だったバイクが戻って、乗ってみた俺は、驚いた。
ーーこりゃスゲエ! 俺のバイクなんか、ガキのおもちゃだったんだ
排気量が桁違い。やたらと騒々しくふかしてから、アクセルを踏み込むと、どんどんスピードが上がり、俺は猛スピードで走り出していた。親父は、俺と一緒に走る時、随分とセーブしてたんだろう。でなけりゃ、チンケなお下がりのバイクなんか、あっと言う間に置いて行かれてただろう。
鬱憤を晴らすように、俺は夢中で親父のバイクを走らせた。珍しく雪の降る寒い日だったのに、俺はスピードに興奮し、アドレナリンが沸騰するのを感じていた。グングン加速して、目の前の田んぼの広がる光景が、飛ぶように去って行く。そう。その時、俺は風になったんだ。
キキーッ!! どしゃっ!
ーーち、バカな野良猫かよ
危うく猫を引きそうになり、急停車した俺は、勢い余ってあぜ道に投げ出され、尻餅を付いていた。
ーー親父のやつ、調子こいて、ぶっ飛ばしてたんだろうよ
無人の農道だから良かったけど、対向車線のある道路なら、人身事故になっても、おかしくない。事故車に乗って初めて、高速走行の危険性を知る。俺にとっては何とも皮肉な経験だった。
さらに皮肉だったのは、ぼんくらでも、唯一の頼りだった親父が死に、生ける屍みたいに、自暴自棄で自堕落な日々を送っていた俺が、バイクで無謀な運転をした事で、鬱憤が晴れ、すっかり生きる希望を取り戻した事だった。まるで親父の魂が、俺に乗り移ったようだった。俺はライダースーツについた泥を叩き落とすと、以後安全運転で帰路についた。
帰ってる途中で日も暮れ、街灯や家々の明かりも灯り始めた頃、俺はみすぼらしい安アパートにたどり着いた。と、俺の住む部屋になぜか、明かりが灯っている。バイクを止め、不審に思いながら、ドアを開けると、甲高い女の声に迎えられた。
「浩平、遅ーい! どこ行ってたのよ!」
「何だ、お前か」
親父と一緒に寝泊まりしていた9畳程度の部屋に、その少女は無遠慮に上がり込むと、ちょこんと座っていた。トレードマークのポニーテールをなびかせ、お嬢様女子高のセーラー服を着たコイツは、桑原美里。訳あって、小学校の頃から、親しくしており、この家には自由に出入りする仲だった。何しろ盗む物など何もないから、鍵は郵便ポストに入れてるし、誰でも入れるのだ。
そう言えば、あの日も珍しく雪のちらつく日だった。当時4年生だった俺は、帰ろうと思い、小学校を出たところで、「イジメ」の現場を目撃した。4、5人の男女が何やら言い争っており、1人の少女が「違うもん!」と言いながら、涙を流していたのだ、俺は、てっきりこの少女がイジメられていると思い込み、木の枝を持って、「やめろー!」と乱入。相手は、体の大きな5年生で、揉み合ってるうち、木の枝が刺さり、俺は出血。ビックリした5年生は、三々五々散って行ったのだった。
その少女が美里だ。自分を助けに来た俺に恩を感じ、ハンカチで止血してくれたのだが、随分高級そうなハンカチだったのを覚えている。そして、真相を話してくれたのだが、「イジメ」ではなく、仲の良い友達同士で、彼女の実家である病院について、噂話をしていたらしい、それは、妬みから来る、根も葉もない悪口で、美里は懸命に否定したが、悔しくて泣いてしまったそうだ。
「ねえ浩平。少しは掃除しなさいよ」
自分はメイドにやってもらってるくせに、美里はそんな事を言う。コイツは地元では有名な、大病院の1人娘で、完璧なお嬢様なのだ。
「こう汚いと、嫌われるよ」
「誰に?」
「美里ちゃんに」
「アホか」
そこまで言うなら掃除してくれてもいいのに。ゴミ溜めみたいな部屋の中で、美里はカップ焼きそば「UFO」を食べた後のカップを、興味深そうに手に取っている。
「ねえ、これっておいしいの?」
「そりゃそうだ。何しろ、うまい、ふとい、おいしい、の略だからな」

「そうなんだー」
――信じるなよ
「あ、私ピンクレディーなら、踊れるよ・・・UFO!」
セーラー服で決めポーズを取る美里。

エロエロな衣装のピンクレディーは、公認の男子のオカズだったが、一分のスキもなく着こなした美里のセーラー服じゃ、ただのお笑いだ。高校生にもなって、男の部屋に平気で出入りする美里は、お茶目なガキそのままで、丸っきり色気を感じさせない。俺もコイツを異性として意識した事は一度もない。
「エッチな本、出しっぱにしないでよ」
この部屋に大量に転がってるエロ雑誌。女子学生のパンチラがメインの「CREAM」を見て、美里は口を尖らせる。

「ジョシコーセーなら、ここにいるのに」
「誰でもいいってわけじゃ、ねえんだよ」
ピンクレディーの、煽情的なお下劣衣装を想像し、パンチラ写真に口を尖らせる美里を見ていると、俺は初めてこの幼なじみに「女」を感じていた。絶対にあり得ない、ミニスカをはいた美里が、白い物を見られて、赤面してるーそんな妄想が浮かんでしまう。
「こっちの雑誌は、気持ち悪いんだけど」

「SMスナイパー」はSM専門誌。「CREAM」同様、親父が愛読してたのだが、やっぱり好みなのか、女子高生が縛られてるグラビア特集が多かった。
「お子様が見るもんじゃねえ」
気持ち悪い、と言いながら、正にセーラー服の女子高生が、縄で縛られ、口に男性器を突っ込まれてるグラビアを、興味津々な様子で眺めてる美里から、俺は「SMスナイパー」を取り上げる。明らかに興奮して、顔を赤らめ、妙に吐息を荒げてるー俺は、「お子様」としか思ってなかった幼なじみに、初めて「女」を感じて、ドキッとした。
「トイレ借りるね」
「何だ、ションベンしたかったのか。早く言え」
わざと下品に言い放ってやると、本当にオシッコをガマンしてた小学生女子みたいに、モジモジしてた美里は、スカートの上から下腹部に手をやり、ドタドタとトイレに駆け込んでいった。残された俺は、セーラー服の女子高生が縄緊縛で男に責められ、ウットリ陶酔の表情を浮かべてるグラビアを手に、妄想に耽らずにはいられなかった。美里がトイレに腰を下ろし、用を足している姿を想像しただけで、ムラムラと興奮してしまうのだ。何てことだ。丸きり、ロリコンヘンタイ男じゃないか。
いや、違う。美里はもうツルペタで、生理も来てないガキンチョじゃないんだ。乳もケツも立派に育った高校三年生じゃないか。小学生の頃三つ編みお下げだった髪型は、ポニーテール。おまけに色白で、特別美形じゃないが、顔だって普通にかわいらしい。
親父の魂に憑依された俺は、女の品定めをして、美里に合格点を与えていた。もうすぐ、別れねばならぬのに、皮肉な事だった。
トイレから出て来た美里に、俺は単刀直入に切り出した。どうせ別れるなら、早い方が良い。
「ところで、お前俺に何か用があるのか?」
「せっかく人が心配して来たげたのにい。今度、クリスマスパーティやるんだ。浩平も来るよね」
「俺がそんな気になれると、思ってんのか!」
「あ……ごめん」
しょぼんとして立ちすくむ美里に、俺は罪悪感を覚えていた。俺を元気付けようと計画したパーティだろう。コイツを怒鳴って何になる。でも、言わなければならない。
「俺、もうじきここを引っ越すんだ。東京に行って、住み込みで働く」
「そうなんだ……」
「世話になったな。じゃ」
「待って、浩平」
いつになく真剣な表情になった美里。次の言葉に俺は声を失っていた。
「私、浩平の事、ずっと好きだったんだ。お付き合いしてください。その、恋人として」
「……俺、東京に行くんだけど」
「私、東京の大学に行くから!……あー、こっぱずかしくなって来た。引っ越したら、連絡してね、絶対だよ!」
「勝手にしろ!」
突然の告白を恥じらい、お嬢様らしからぬ、ドタバタ大慌てで出て行く美里。
ーー何てカワイイやつなんだ
それは、俺が生まれて初めて、「女」に惚れた瞬間だった。
続く→なごり雪 2.謎の中年夫婦に拾われ上京
なごり雪 目次
プチSM千夜一夜ものがたり第5期
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