第89夜 なごり雪

なごり雪


 幼い頃母と離別し、父と2人暮らしの浩平。ところが、ツーリングが趣味の父は、バイクで事故死。孤独になった浩平は、高校を中退。母の妹にあたるおばを頼り、上京して自動車工の見習いとして働くことに。対照的に美里は、地元九州の大病院の1人娘で、何不自由なく暮らすお嬢様。小学校の頃、いじめにあっている所を、1級下の浩平に救われてから、仲良く付き合って来たが、浩平が上京する時に告白し、彼女になる。東京の大学に進学した美里は、浩平を訪れて同棲を始めるが。



【登場人物】

♂佐々木浩平・・・22歳。幼い頃母親と離別し父子家庭だったが、父親もバイクで事故死。東京にいるおばを頼り、自動車工見習いとして、住み込みで働いている。

♀桑原美里・・・23歳。九州にある大病院の1人娘。小学校時代、学年は下の浩平に助けてもらい、親しい友達になる。浩平が東京に引っ越す時、告白して彼女になり、東京の大学に進学した。

♀田中真理・・・42歳。浩平の母の妹で、父のツーリング仲間だった正志と結婚した。正志とはSMプレイに興じる、好色な女性。

♂田中正志・・・47歳。浩平の父とは、ツーリングとSMと言う共通の趣味を持ち、親しく付き合っていた。自動車整備工場を自営している。





9.神田川~同棲初夜緊張の拘束性交(4177字)





貴方はもう忘れたかしら
赤い手ぬぐい マフラーにして
二人で行った 横丁の風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた 

洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸 カタカタ鳴った
貴方は私のからだを抱いて
冷たいねって言ったのよ
若かったあの頃何も恐くなかった
ただ貴方のやさしさが 恐かった

貴方はもう捨てたのかしら
二十四色のクレパス買って
貴方が描いた私の似顔絵
うまく描いてねって言ったのに

いつもちっとも似てないの
窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿
貴方は私の指先見つめ
悲しいかいってきいたのよ

「本当に神田川の歌詞みたいね」
「そうか?」

 俺はその日約束通りにやって来た美里を連れて、近所の銭湯までの道をとぼとぼと歩いていた。「神田川」は小学生の頃に流行った歌だ。何だか貧乏臭い歌だったな、と言う印象で、特に意識した事はない。そのため、そんな気のない返事をしてしまった。

 そんな事より、嬉しそうに手を繋ぎ、俺に身を寄せて歩く美里に、俺は情けないくらいに緊張し、この後迎える同棲初夜の事を思い描いていた。

ーーコイツ、あんなの見せられて、平気なのか? それにしても、真理おばさんには参ったぜ。

 おばさんは美里の事がお気に入りで、今日の事をとても楽しみにしていた。「お気に入り」には別の意味があったんだけど。「同棲初夜」なんて言い出したのもおばさんで、ズバリ、俺に初めて抱かれるために来るんだから、と言い張るのである。

 この前と同様、半ドンの土曜日。昼前にやって来た美里は、おばさんと一緒に、厨房に立っていた。お嬢様育ちの美里が、料理をするなんて意外だったが、どうやら事前に電話で話していたらしい。ちゃんとエプロンまで持参し、正志さんも含めた4人前の昼食を支度してくれたのだ。もちろん料理上手のおばさんを、手伝っただけなんだろうけど。

 カツ丼と、天婦羅そば。そんな、腹にたまる献立で、お新香まで付いた立派なもの。正志さんと俺は、ガツガツ平らげたけど、おばさんの料理は本当に旨い。ご飯粒を顔に付けて、お茶をすする男2人を、優しく見つめるおばさんーと言うのが、いつもの光景だったけど、今日は美里まで加わり、愛らしくガッツポーズなんかしてるのだ。俺も嬉しくて、幸せに浸ったのは言うまでもない。

「2人とも、カツ丼が大好物なの。美里ちゃん、上手に出来て良かったわね」
「ありがとうございます! 真理さんのおかげです」
「浩平君、美里ちゃんの料理はどう?」
「……大したもんです」
「やったあ!」
「いつヨメに行っても大丈夫だな」

 正志さんも太鼓判を押し、美里は俺と同棲する「花嫁修業」を、おばさんに付いて教えて貰う事になったらしい。「花嫁修業」? それはちょっと、気が早いんじゃないか? 俺の懸念をよそに、洗濯したり、掃除したり、真理おばさんと一緒に家事をこなす美里は、やる気満々。俺ももちろん嬉しくて、お嬢様育ちの恋人が、慣れぬ仕事に奮闘するのを、見守っていた。

 そして、俺の立ち合いの元、一緒に寝泊まりする部屋を掃除した時の事だった。部屋の押し入れを開けると、とんでもない物が置いてあったのだ。布団の横に、ご丁寧に積み重ねられてたのは、俺のズリネタである大量のエロ雑誌。わざわざ九州から持って行った「SMスナイパー」。そして、見覚えのあるエッチビデオ。いつも、正志さんが俺のズリネタ用に差し入れてくれるのだけど、何と「女子高生恥辱の花嫁修業」と言うタイトルで、セーラー服の女子高生が縛られて、男のチンポをウットリとしゃぶらされてるパケ写であった。わざとだろうか、これを美里に見られるのは、気まずすぎる。


 美里はしかし、真っ赤になって恥ずかしがりながら、おばさんが、わざわざ確かめるように出して見せるのから、目を背けようとはしなかった。


「美里ちゃんごめんね、男の子だから。許してあげようね」
「大丈夫です。浩平が部屋で散らかしてるの、知ってましたから」 
「あら、優しい彼女で、良かったわね。浩平君」


 告白された日の事を思い出す。俺はあえて何も口にしなかった。


ーーわざとですか、おばさん。片付けてくれてると、思ったのに

 実の所、今週夕食の席では、美里が初めて俺の部屋で一緒に寝る「同棲初夜」の話で持ち切りだった。結婚するわけじゃないのに、俺と美里がセックスするのが前提で、真理おばさんも正志さんも、明け透けで遠慮がなかった。

「美里ちゃん、かわいいから、エッチした事あるんじゃないかしら」
「男の部屋に泊めてくれってんだ。よっぽど世間知らずでなけりゃな」
「いえ、美里は世間知らずのお嬢様なんです。たぶん、処女だと思います」

 俺は美里を弁護した。男の部屋に平気で泊まるのは、もうヤリまくってる経験豊富な女だから、なんて思いたくなかった。それに絶対処女だと信じたい。

「アラ、美里ちゃんの事、かばうのね。でも処女だったら、浩平君、責任重大よ」
「お前、女とヤッタ事あるんだよな?」

 俺は返事に詰まる。おばさんに筆下ろしして貰ったばかり、と馬鹿正直に言うわけにはいかない。おばさんがごまかしてくれた。

「もちろん、あるよね? だから美里ちゃんを、優しくリードしてあげなきゃ、駄目よ」

 白状すれば、俺は実質童貞で、こんな話題も気が重かった。すると正志さんが、とんでもない事を言い出したのである。

「そうだ。美里さんに頭を下げて、縛らせてもらったらどうだ? 初めに自分の趣味を知らせておいた方がいい」
「そうね。道具は貸してあげるし」
「……いや、あの、遠慮します」

 SM好きな夫婦の、悪い冗談と思ったが、正志さんはなおも、昔話を聞かせてくれた。かなり衝撃的な内容である。

「俺は昔、浩平君のお母さんが好きだったんだ。君のお父さんも一緒に、仲間とグループで付き合ってたんだな。でも結局お父さんと結ばれる事になり、妹を紹介してくれた。それが真理だ。相性はバッチリで、俺は凄く感謝している」

 自分の名前も出て、臆面もないノロケを始めた正志さん。真理おばさんは恥ずかしそうで、何も口を挟まない。

「すぐに浩平君が生まれて、お母さんは幸せそうだった。だけどお母さんは、結局別れて、君を捨て出て行ったんだ。その理由を知ってるかい」
「……親父は、お袋が出てった理由を、教えてくれた事ないんです」
「やっぱりそうか。俺は別れようとしてるお母さんに、相談された事があるんだ。言ってもいいかい?」
「……お願いします」
「私も、それを聞いてショックだったの。自分の姉だけど、世の中にはこんな考えの人もいるなんて、思ってもみなかった」


 俺は皆目見当が付かず、首をひねるばかりだった。そしてその理由はやはりショッキングなものであった。


「君の親父さんが、縛ってセックスしようとしたらしいんだ。お母さんは猛烈に拒絶したらしいんだけど、親父さんは優しい人だと信じてたのに、あんな犯罪行為をしたがるなんて怖い。もうとても一緒に暮らしていくのは無理だって、泣いてたな」


 そんな話を思い出しながら、ようやくたどり着いた「松の湯」。俺は九州でも銭湯通いだったけど、大きな富士山の絵が掛かってるのは、日本全国共通なんだろうか。美里は銭湯が珍しいようで、妙にはしゃいでいた。実家にはヒノキの風呂がある、と聞いた事がある。貧乏人とは、住む世界が違うのだ。


 俺はスポーツ刈りなので、ポニーテールの美里を待つ事になった。そして、風呂屋を出ると、美里がコンビニに寄ろう、と言い出した。


「こんな時間にやってるのか」
「当たり前でしょ。24時間営業だよ」
「田舎にゃなかったからな」


 時刻は8時を回っており、田舎はどこも店じまいしてる頃だ。俺が美里に何か買うのか、と聞くと、夜食だと言う。ちなみに、夕食は、カレーと野菜サラダを皆で一緒に食べている。真理おばさんが、風呂に入って来るよう、強く勧め、正志さんと二人で、お酒を飲んで来るわ、と反対方向へ歩いて行った。「同棲初夜」を邪魔しない配慮だろうけど、おかげで俺は風呂上りで濡れた髪を乾かしている美里を意識し、大いに緊張が高まっていた。もちろん股間のボルテージも最高潮だ。


「夜食なんか食ったら、太るぞ」
「いいじゃない! 一緒に食べよ」


 美里が食べたがったのは、何と日清焼きそば「UFO」だった。
pocket-cvs_4902105022122

「これ食べるの、夢だったんだ。浩平と恋人になった記念だしね」


 安上がりな女だ。でも、四畳半の部屋で、「はい、アーン」などと新婚気分を味わうのも、悪くはなかった。そして部屋には既に布団が敷いてあった。もちろん一人分で、枕の側には、大きな風呂敷包が置いてあった。俺は中身を想像し、喉がカラカラになる程緊張が高まった。


ーーやっぱり、勇気を出してやるしかないか 


 食べ終わり、布団が敷かれてるのを見た、美里は、すっとぼけた事を言う。


「アレえ? お布団1枚しかないよ」
「美里!」


 激情に任せ。美里を引き寄せた俺は、唇を合わせる。何と、口付けすら初めてだ。記念すべきファーストキスは、焼きそばソースの味であった。俺は唇を合わせたまま、服を脱いでいく。すると、美里まで自分で脱ぎ初めたのだが、俺は慌てて、唇を外して言う。


「ちょっと待て! 下着は俺が脱がせてやるから」


 偉そうに言った割に、ブラジャーはどこを外すかわからず、結局美里が自分でホックを外した。ボロンと姿を現した乳房は雄大だが美しく、乳首もピンと立って、理想的な眺めであった。


「パンツは脱がせっこしよう」


 ちゃんと覚悟は出来てる事を示すように、美里が嬉しい提案をし、せーの、で互いの股間を隠す布地を脱がせる。美里はもちろん女性器を手で隠したが、俺は堂々と屹立を誇示する。包茎だが、気にしなくて良い事は、自身も包茎である正志さんや、真理おばさんに教わった。


 美里がセックスに同意してるのはわかったが、俺には言わねばならぬ事がある。風呂敷を解き、中に拘束具だの、目隠し、だの、SM道具が入ってるのを、美里に見せた俺は、意を決して告白する。


「嫌ならそう言ってくれ。俺、昔からSMに興味を持ってるんだ」
「知ってるよ」
「縛ってもいいかい?」
「……痛くしないでね」
「美里!!」


 感激した俺は、再び唇を合わせると、手首足首に円筒形の革錠をはめ、布団の四隅に用意されていた金具に繋いでいく。こうして、美里は大の字になって、美しい裸を晒す事になったのである。




続く→


戻る→なごり雪 8.幼馴染の恋人との再会と、週末だけの同棲


なごり雪 目次


プチSM千夜一夜ものがたり第5期