第89夜 なごり雪

なごり雪


 幼い頃母と離別し、父と2人暮らしの浩平。ところが、ツーリングが趣味の父は、バイクで事故死。孤独になった浩平は、高校を中退。母の妹にあたるおばを頼り、上京して自動車工の見習いとして働くことに。対照的に美里は、地元九州の大病院の1人娘で、何不自由なく暮らすお嬢様。小学校の頃、いじめにあっている所を、1級下の浩平に救われてから、仲良く付き合って来たが、浩平が上京する時に告白し、彼女になる。東京の大学に進学した美里は、浩平を訪れて同棲を始めるが。



【登場人物】

♂佐々木浩平・・・22歳。幼い頃母親と離別し父子家庭だったが、父親もバイクで事故死。東京にいるおばを頼り、自動車工見習いとして、住み込みで働いている。

♀桑原美里・・・23歳。九州にある大病院の1人娘。小学校時代、学年は下の浩平に助けてもらい、親しい友達になる。浩平が東京に引っ越す時、告白して彼女になり、東京の大学に進学した。

♀田中真理・・・42歳。浩平の母の妹で、父のツーリング仲間だった正志と結婚した。正志とはSMプレイに興じる、好色な女性。

♂田中正志・・・47歳。浩平の父とは、ツーリングとSMと言う共通の趣味を持ち、親しく付き合っていた。自動車整備工場を自営している。





33.なごり雪(2393字)


 2人とも涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、これが最後のセックスを存分に味わった後、俺は朝まで熟睡した。


「お早う、浩平」


 目覚めたのは朝8時くらい。ご主人様などと呼んでいた美里が、ごく普通の呼び方をして来た。美里はすっきりと吹っ切れた様子で、すぐに寝具を片付け始める。この様子なら大丈夫だろう。


 実の所、俺は心配していた。美里があの男との結婚を嫌がるのではないか、と。もしもそうなら、俺はご主人様として最後の命令を下すつもりだったのである。「結婚して、二度と東京に戻って来るな」と。


 てきぱきと、布団を片付ける美里に声を掛けた。


「1人でやらせて、悪いな」
「いいんだよ。浩平君はぼうっとしてれば。お姉さんがやったげる」
「こいつ!」
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「ダメだよ。メッ!」


 年上風を吹かせる美里のケツを触ってやったら、軽くあしらわれた。そりゃそうか。もう彼女は、俺の恋人ではない。結婚を控えた大事な身なのである。宿を出る前、朝食の席で、俺は美里と話してみた。


「悪いな。でもあの男と結婚するのが、お前にとっても最善の道なんだ。俺じゃお前を幸せにしてやる事は出来ない」
「そんな事、初めからわかってた。浩平君、凄く律儀に避妊して、私を妊娠させないよう気遣ってくれてた。だから私も、ピルを手に入れて、協力したの」
「おかげで、生で出せて最高に気持ち良かったぞ」
「そうなんだ。それ私も同じ、子宮に精液が届く感激で、生きてて良かったって思ったもの。やっぱ、子供を作るのって、本能なんだろうね」


 朝からヘビーな話が続き、最後に俺は美里に感謝を述べた。


「美里。こんな人でなしの俺に、付き合ってくれて、本当にありがとう。九州に帰ったら結婚して、絶対幸せになるんだぞ」


 今更ご主人様口調な俺の言葉を聞いた美里は、見る見る涙を溢れさせる。


「オイ、泣くなよ! 俺まで泣けて来る……」
「……浩平、ありがとう。大好きだよ」
「俺もだ。美里、お前は最高の女だよ」


 それからすぐに宿を出ると、美里を乗せて家に帰る。その足でそのまま、田中家に行くと、皆が見守る中、美里はホテルに泊まってる婚約者に連絡を取った。特にわだかまりもなく、嬉しそうに微笑みを浮かべて話す美里を見て、俺は一仕事を終えたようで一安心。だが外では、まるで俺の心を表すように、舞う雪が次第に激しくなっていった。


 美里は明日九州に帰るらしく、話を終えると、ホテルに向かうと言う。送ってやろうか、と思ったが、さすがにそこまでピエロには成れない。田中さん夫婦にしきりと、お世話になりました、と頭を下げる美里を後目に、俺は一人で自宅に帰った。


 その夜、両親に食事を誘われたが断って、俺は例のコンビニまで夕食の買い出しに向かった。買ったのは、カップ焼きそば「UFO」とつまみを少し、そして缶ビール2本。同棲初夜に美里と食べたのと同じだった。


ーー未練たらしいな、俺も。こんなもん、親父と暮らしてた頃にゃ、飽きるくらい食ったって言うのに


 わびしい食事をしながら、外で降り止まぬ雪を見ていると、俺は決意が揺らいでいた。明日九州に出発する美里を、駅まで見送りに行くと、両親に約束していたのだ。だが美里は婚約者と一緒なのだ。幸せを摑むに違いない前途洋々としたカップルを、笑顔で見送ってやれるだろうか。否、俺には無理だ。そこまで人間が出来てはいない。


「すみません。明日雪だと思うんで、俺見送りには行きません。ついでに仕事も休ませて下さい」


 翌日はやはり、降り続いた雪で、外は一面雪景色。俺は出発の時刻に合わせて、バイクで駅に向かう。バイクを停めて、俺は駅のホームを眺めていた。


 汽車を待つ君の横で
 ぼくは時計を気にしてる
 季節はずれの雪が降ってる
「東京で見る雪はこれが最後ね」と
 さびしそうに 君がつぶやく
 なごり雪も 降る時を知り
 ふざけすぎた 季節のあとで
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年より ずっときれいになった


 振り続く雪の中、俺の頭の中では、イルカの「なごり雪」が、ずっと流れていた。偶然にしても、何てピッタリな歌詞なんだろう。でも俺は歌詞と違い、美里をホームで見送ってやらない。無様な泣き顔を、婚約者の医者に見せられるわけがない。いよいよ2人を乗せた列車が、ホームを出て行くのが見える。


 動き始めた
 汽車の窓に 顔をつけて
 君は何か 言おうとしている
 君の口びるが
「さようなら」と動くことが
 こわくて 下を向いてた。
 時が行けば 幼い君も
 大人になると 気づかないまま
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年より ずっときれいになった


「…....美里お…….」


 やはり見送りに行かないで、正解だった。俺は動き出した列車を想像しただけで、涙が止まらなくなり、むせび泣いていた。


ーー馬鹿野郎! 何で笑顔で送ってやらないんだ?


 君が去った ホームに残り
 落ちてはとける 雪を見ていた
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年より ずっときれいになった


 俺が生まれてから、最初で最後の恋は、こうして潰えた。駅の外で美里を見送ると、俺はバイクをふかし、雪の街を爆走。人がほとんどいない故郷の田舎と違い、東京では事故ってしまう危険が高いが、もうどうでも良かった。親父が冴えない顔して待ってるからな。そんな気分だった。


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 それから1年。年が明けてから、美里からの年賀状が届く。家を引き払い、両親の家で同居している俺は、3人で写真付きの年賀状を見て、苦笑い。


「早過ぎるだろ......」


 年賀状には、美里と良男だけでなく、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が、付いてたのである。おまけに、美里からとんでもないメッセージまで。


「皆様、ご無沙汰しております。年末に出産しました。元気な男の子です。『浩平』と名付けましたので、悪さをしたらお仕置きしようと思ってます。それではお元気にお過ごし下さい」


~おしまい~




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プチSM千夜一夜ものがたり第5期