第15夜 茶道部の男子
茶道部の男子

 高校2年生で茶道部部長の佳澄は学級委員を務める才色兼備の優等生だが、小学校時代ある男子の性的いじめの中心となっていた苦い記憶を持つ。その男子正人は茶道部に入部すると、何と佳澄に告白。当然断ると、佳澄を拘束監禁して強姦を試みる。ノロマでうまく思いが果たせないが人並み外れた正人の巨根に恐れをなした佳澄は、やむなくかつての女王様に戻って彼に前戯を施すよう命令し、処女喪失の痛みを軽減するため気分を出そうと奮闘するのだが、やがて…… (約2万7千字)


1.かつてイジメていた男子と再会(4054字)
「ねえ、アタシ見ちゃったんだ、こないだ」
「え、何なに~?」
「学校帰りに駅の本屋さん寄ったのよね、そしたらアイツが立ち読みしててさ……」
「何の本?」
「それがさ、例のえっちな本が置いてるとこだったの!」
「マジで?」
「キンモー」
「アイツさ、何かカマっぽくなーい?」
「うんうん」
「そいでさ、アイツが読んでた本を後で見てみたのよ。
 何とタイトルが、メス犬ジョシコーセーなんたらって……」
「うわ!」
「サイテー」
「どんな中身?」
「読めるわけないでしょ!」
「ヤダー」
「あんな奴と同じクラスだなんて、勘弁して欲しいよねー」

 私が新しいチョークを持って職員室から戻って来た時、早く登校して来た女子連中は皆教室の廊下側に固まり、アイツに関するそんな噂話の花を咲かせているところだった。

ーーやれやれ、ヒマねえ、アンタ達……

 アイツと言うのは、2年生になったばかりのこのクラスで、ある意味話題をさらっている押本正人と言う男子の事である。女子が固まった反対側の、グランドに面した男子が集まっている所でも1人だけ浮いて机に座りぼうっと外を眺めている彼の耳にも、堂々とそんな悪口を言い合っている女子の言葉は聞こえているに違いない。これはもうある意味クラス公認のいじめに近い。

ーー全くアイツだけは……

 私は公然と悪口をしゃべっている女子や、シカトしているらしい男子より、そういう空気を自ら作り出してしまう負のオーラを背負った押本君自体に閉口して、教室に入る前の廊下でため息をついた。変わってない、全然。押本正人と私は小学校6年の時同じクラスだったのだ。彼はその時クラス全体で今よりもっとひどいいじめに遭っていた。何せ担任の先生からして、彼を露骨に目の敵のように扱っていたんだから。押本君、何度言ったらわかるの!授業聞いてもわからないんだったら、今日は廊下に立ってなさい! どうして給食を食べるのにそんな時間が掛かるの? この問題が出来るまで、残りなさい……

 担任のヒステリックな女先生が、頭にキンキン来るような高音でアイツを怒っていたのが、今でも頭に浮かぶ。勉強も運動も出来ないし、当時は人と話すのが苦手で特に女子に対してはどもってしどろもどろになってしまうアイツは、格好のイジメの対象だ。先生からしてイジメてたんだから、私たち生徒も堂々と彼に対する嫌がらせを行っていた。シカトするくらいは大した事はなかった。持ち物を隠したり、椅子の上に画鋲を置いたり、ゴミを机の中に詰め込んだり……

 でもアイツはイジメは慣れてるらしく、こんなに露骨な嫌がらせを受けても平気な顔で学校を休む事もなく淡々としていた。内心どんな気持ちだったのかはわからないけど、まるで応えていないようなアイツの態度を見ていると、ヒステリーの担任のおかげでたまった鬱憤を晴らすのに絶好な、アイツに対するイジメはどんどんエスカレートしていった。それまでなかった、直接カラダに対するイジメが始まったのだ。男子も女子もちょっとした機会にアイツを叩いたり、蹴ったり、そんなつまらない肉体的暴力が序の口で、そのうち休み時間や放課後の教室で、アイツに対するリンチのようなイジメに発展した。その中には性に目覚める時期の女子にとっては余りに刺激的な、性的なものも含まれていたのだけれど、今思えばイジメに加担、と言うより中心になり積極的にイジメていた私も赤面してしまうような内容だった。そしてとうとうある日アイツはばったり学校に来なくなってしまったのだ。

 それまでもアイツが登校する前机に花瓶を置いたりするイジメは日常茶飯事だったけど、本当にアイツが来なくなって、少なくとも私は無抵抗なアイツを寄ってたかってイジメた事に、遅まきながら良心の呵責を覚えたものだ。さすがにあそこまでしなくても良かったんじゃないか。私だったら、アイツが受けたイジメの十分の一でも耐えられなかったと思う。

 だけどそのうちアイツが来ないことにも慣れ、いつの間にかアイツの事はきれいサッパリ忘れてしまっていた。アイツはそのまま小学校に来ることはなく、中学校も高校も同じだったはずなのだけど、一度も同じクラスになった事がなかったから、アイツがその後どんな学校生活を送ったのか、なんて気にかけた事もなかったのだ。高校に同学年で入学したんだから、中学校はちゃんと通ったのだろうか?でもそんな事もどうでも良かった。この高校にアイツが入学していた事を知ったのも、2年で同じクラスになって初めて知ったくらいなのだ。

 すると案の定、このクラスに変わって間もないと言うのに、アイツはすでにからかいとちょっとしたイジメの対象になっている。小学校の時はどもりだから、という明白な理由があったけど、クラス開きの自己紹介では割と普通にしゃべっていたから、それは解消されたのだろうか?皆の前でしゃべるのは大の苦手で、たどたどしくどもりながらしか話せないアイツの小学校時代を思い浮かべながら、私はアイツの自己紹介を聞いたのだ。

「えーと、名前は押本正人です。部活は帰宅部です。趣味は、家でアニメのビデオを見たりゲームをする事です。あとアニメキャラクターのフィギュアを集めています……」

 あーあ、やっちゃった。一体どんな子なんだろうと、それなりにわくわくしながら見ていたクラスメイトの前で、いきなりアニメだのゲームだのフィギュアだのとオタクな趣味を語り始めたアイツに、クラスのあちこちから失笑がもれていた。普通そういう趣味は、特に女子には受けが悪いのだから、隠すもんだろう。コイツは本当に根っからのバカなのか、それとも……私がその時思ってしまった事は意外とアイツの心理を言い当てていたのかもしれなかった。コイツ、イジメられたいんじゃないの?

 人前でしゃべる時にどもってしまうのを克服したのともう1つ、アイツの体だけはずいぶん大きくなっていた。小学校の頃はチビで女性としては背の高い私の方がぜんぜん高かったのだけど、今ではアイツの方が高いかも知れない。もっとも私の方は小学校から背が伸びてないのだから、当然と言えば当然だ。だけどいかにも脳天気に自分のオタクぶりを隠しもせず語ってしまい、皆の蔑みの視線を平然と浴びながら臆することのないアイツは、小学校の時と同じくイジメられっ子のオーラを放っているようだった。
 
 そして学期が始まり、やはり勉強も運動もまるで出来ない上に、空気を全く読もうとせず人の神経を逆撫でにするアイツは周囲の人間をイラつかせ、当然のごとくクラスの中での風当たりは強くなった。この空気がもう少し悪化すれば、もう立派なイジメになるだろう。ある意味無垢で動物的な行動を取ってしまう小学生のクラスでは露骨なイジメが見られたのだが、高校生だからまだある程度ブレーキが利いているのだ。私はしかし、この嫌なクラスのムードに絶対乗ってはいけない、何があってもアイツには関わるまい、と決意していた。

 それは決して小学校時代先頭に立ってアイツをイジめ、不登校にまで追い詰めてしまった心の引け目からではない。アイツをイジめた記憶を忘れてしまいたかったのだ。あれは明らかにクラス全体の異常なムードに煽られて私自身が何か邪悪なものに取り憑かれていたかのごとき、おぞましい記憶だ。あの時、あんな事をアイツにしてしまった私は決して本当の私ではない。あの時の私がまだ自分の中に残っているとしたら……とても耐えられないと思った。

 私は2年になったこのクラスで、友人と先生に推されて学級委員にされてしまった。もちろんなりたかったわけじゃないけど、仕方ないかなと思って引き受けている。私はおそらく非の打ち所のない優等生、そう周囲の人間や先生には思われていると思う。その私が小学校の時に押本正人にしてしまった行為を告白しても、おそらく誰も信じないだろう。あのおぞましい記憶は、アイツと私だけの秘密なのだ。今、女子達に聞こえよがしの大声でさんざん悪口を言われながら何も考えていないかのように窓の外をぼうっと見ているアイツを見ていると、私はふと思う。もしかしたらアイツは、私の事なんか覚えてないんじゃないか?関わるまい、意識しまい、無視するんだ、と思えば思うほどむしろ過剰なくらいアイツを意識してしまっている私は、大きな勘違いをしているのではないか? 同じクラスになってもう1月が過ぎようというのに、私はアイツと口を利いたこともない。怖かったのだ。アイツが私の事を覚えている事が。

 が、本当におぞましい記憶であるのは、もちろん私よりアイツの方に決まっている。それこそ人生を狂わせてもおかしくないくらいの仕打ちで、アイツの心もカラダもボロボロにしてしまったはずなのだ。仮に私の方が忘れても、アイツは絶対に、一生私の事を忘れるはずはない。だからこそ私は慎重に、極力アイツと関わる事のないように学校生活を過ごしているのだ。

「あ、か、佳純、お早う」
「毎朝、大変ねえ……」

 廊下で少し聞き耳を立てていた私が教室に入って行くと、アイツの陰口を叩いていた女子連中が少し慌てて取り繕ったような言葉を私に掛けた。朝早く登校して職員室までまっさらなチョークを取りに行き、教室に用意しておくのも学級委員の仕事なのだ。何のことはない、雑用係みたいなものだ。が、学級委員の威光と言うべきか、アイツの悪口のような低レベルの行為は皆私の前では控えようとしているようだ。私はもちろんアイツの噂話には絶対加わらないようにしているので、優等生で学級委員の皮をかぶった私が、それを面白く思っていないと見ているのだろう。確かに面白くは思っていないが、それは別にアイツをかばってやろうなんて気持ちからではない。出来る事なら私松田佳純の中から、私の視界から、おぞましい記憶を共有しているアイツの存在そのものを消し去ってしまいたいのだ。こうして今日も、アイツと共有する重たい空気に耐えながらの、緊張感に満ちたクラスの学校生活が過ぎていく。

続く→茶道部の男子 2.驚愕の告白と監禁

茶道部の男子目次
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