☆この小説は「レメの官能小説」のロスコーさんより投稿して頂いたものです。著作権はロスコーさんが持っておられます。

ロスコー作 夜のカッターナイフ

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 それまでクラス一番の美少女だった私。けれど教師の色目が気に入らなくて、やがてクラスで孤立してしまっていた。そんなところにやってきた孤高の美少女と夜汽車の旅に出る。











第二話



 私と三黑江白奈は、夏休みに汽車旅行に行くことにした。
 日焼けを知らないような白い肌、その下には細い血管が透けて見えるほどのうっすらした肌が美しい三黑江白奈は、夕日がもうほんの数秒で沈むという頃に駅のプラットホームに現れた。
周囲の人間が男女問わず、全員振り返るほどの美少女は、宵闇色のワンピースドレスを着ていた。
 月明かり色の手脚は妖しげに、景色の中の蛍のようだった。



「こんばんは、未音さん」



 挨拶をしてくる三黑江白奈は、制服姿でいるときには重たげなまぶたをしているのに、ワンピースドレスなんかを着てきた夕暮れでは、その大きめな目がさらに一層大きく開かれていた。
私なんか荷物を少なめにまとめて、動きやすい、寝やすい格好をしてきたというのに、三黑江白奈はばっちりお洒落して、まだまだ着替えを詰め込んでいるだろう大きめのキャリーバッグ引き摺っている。
 キャリーバッグのガラガラ鳴る音が妙に似合っていて、大人っぽいなぁと感心してしまった。



「遠足に行くみたいで、楽しみね」



 リュックを背負った私を見て三黑江白奈は言う。
 皮肉だったかもしれないが、子猫の甘噛みみたいなものなので笑って済ませておいた。



 定刻に小半時遅れて、ようやく列車がやって来た。
 いつまでも三黑江白奈をホームに立たせていては、終業式の時のように貧血で倒れてしまわないかと心配になったが、彼女は小鳥のようにヒョコヒョコ落ち着きなくしているばかりで、むしろ列車に乗り込む前から遊び疲れてしまうんじゃないかと思うほどだった。
 やっと現れた夜行列車のタラップを駆け上がっていく三黑江白奈の足首の細さに息を呑み、私も列車の中に入っていく。
 寝台車両に借りた部屋に荷物を置き、ベッドに登って車窓から景色を眺めた。
 ガタンゴトンと走り始めた夜行列車に、妙に大人びた雰囲気を見せていた三黑江白奈も年齢相応の子供のように歓声をあげた。



「白奈ちゃんも夜行列車は初めてなんだよね?」
「そうよ、初めて。
 夜行列車の旅なんて、考えたこともなかった。
 未音さんはよく汽車に乗ることがあるの?」
「全然、私だって初めてだよ」
「そっか、未音さんも初めてなんだ」



 遠くの夜景の光によって三黑江白奈の瞳に光の粒が踊っていた。
 学校で雲を眺めてばかりいた三黑江白奈と、今の彼女とが同一人物だとはそう簡単には信じられないだろう。



「どうしたの? 未音さん」
「ん?」
「未音さんって、時々、私のことを見つめてるわよね」
「え……そ……そうだったっけ……?」



 お人形のような顔をした三黑江白奈は、私を見透かすように顔を近づけてくる。



「私ね、男の人って好きになれないの。
 イヤらしい視線を送って寄越すことがあるでしょ?
 そりゃあいずれは男の人と交わって、子供を産まなくちゃならないのは当然よ。
 私だって、未音さんだって、いつかは……ね」
「白奈ちゃんは……好きな人がいるの?」
「いないわよ。
 何聞いてたの? 男の人が嫌いだって私は言ってるの」
「一周回って好きな男の子がいるのかなって」
「勝手に話を飛躍させないで。
 でもそうね、この夜汽車旅で世界を一周してきた後には男好きになっていたりしてね」
「ほら、その気はあるんじゃない」
「ないわ。
 本当に男が嫌いなの、これだけは譲れないわ」



 おっと、お人形さんの雰囲気をぶち壊す鬼の形相で三黑江白奈は吐き捨てた。
 私なんかよりも旅慣れた雰囲気の三黑江白奈は、その圧倒的な美貌のおかげで男の視線を集めてきただろうことは容易に想像がつく。
 でもそのことで男を責められようか?
 なにせこの子の美しさは筆舌に尽くしがたいほどなのだから。
 低身長だけど。



「子供を産める身体になる前から、ず~っとそう。
 本当にうんざりだわ。
 そして子供を産めるようになってからは毎日吐き気がするほどよ。
 大体、私たちってまだ――」
「年齢の話はダメ」
「……そうね、乗務員に知られたら次の駅で降ろされちゃうかもしれないわね」



 熱くなり過ぎていた自分を省みるように息を吐く三黑江白奈。



「でも……女の子からの視線は嫌いじゃないわ」
「そう?
私は白奈ちゃんとは違うわ。
 女の子は嫉妬とかがあるから……正直、苦手よ」



 私は三黑江白奈と容姿で競おうとは思わないが、糞担任に誘われるくらいには整った顔立ちではあるのだった。
 好きな男の人なんていないけれど、男子から勝手に好意をもたれて、あげくに知らない女子から恨みを買うなんてことは何度かあったものだし、男子の好意を断れば恨まれるしで、全く不自由極まりない。
 三黑江白奈の圧倒的な美貌によって敗北感を与えてもらっていなかったら、もしかすると私は自分の顔にカッターの刃を走らせていたかもしれなかった。 
その顔で自惚れたことを言うなと嘲笑われるかもしれないが、私は本気だったし、カッターはいつも持ち歩いている。
 私は感情をそのまま吐き出すように「苦手よ」と言葉にした。



「ふぅん」



 三黑江白奈は、まるで未知の紅茶の香りを嗅いだ時のように頷いた。
 じっと私を見つめる夜色ドレスの美少女は、そのまま私の全てを見透かそうとしているように思えた。



「私の視線も不快?」
「それだけジロジロ見られたら、誰だって気分が悪いわよ」
「そう? ふぅん……」



 今度は未知の紅茶の味を楽しむような三黑江白奈は、可愛い舌で唇を潤してから言う。



「この部屋、ベッドが一つしかないから……今夜は一緒に寝ましょうね」
「夜通しおしゃべりするからベッドは一つで良いって言ったのはあなたでしょ?」
「そうよ。
 でも……きっと眠くなると思うわ」



 ガタンゴトン……ガタンゴトン……



 夜行列車の走行音のリズムを聴いていると、そのうちに眠くなってしまうような気がする。
 大人一人がやっとのベッドサイズだったが、肩を寄せ合ってなら子供二人でも眠ることができるだろう。
 私は三黑江白奈が言っていたように、馬鹿正直に夜通しおしゃべりに耽るつもりでいたものだから、急に彼女と並んで眠ることを想像すると、なんだか妙に意識してしまう。
 なんだか今にも眠りたいような三黑江白奈のとろんとした目。
 じゃあ一眠りしてしまおうかと、そんな思いが頭をよぎるが、思い出す。



「食堂車に行って、せっかくの食事を楽しまなくちゃ。
 眠るのはその後でもいいでしょ?」
「……それもそうね、行きましょうか」



 私たちは荷物を部屋に置くと、まるで姉妹のように並んで食堂車へ向かった。



――結局のところ、私たちが一緒のベッドで眠ることはなかった。


続く→夜のカッターナイフ 第三話 同性愛の少女達を引き裂く魔の手

戻る→夜のカッターナイフ 第一話 孤高の美少女が転校生としてやってきて

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